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  株式会社自然の休憩所
  


奇跡的な不思議な出会いの開店劇(序章) マスコミ取材や一般の視察などで来られた方から
「なぜブルーベリー?」
「起業した動機は?」
「うっかりウサギさんと知り合ったきっかけは?」
などのご質問が多く、説明するのに たっぷり1時間以上
納得してもらうまでに 2~3時間はかかりますので
ここに概略を記しますのでご覧ください。


 ブルーベリーとの出会い
昔からガーデニングに興味があり、花や木などが好きでよく育てていた。
野菜や果樹など実の生るものも好きだった。
ブルーベリーの苗に始めて出会ったのは1987年。
ホームセンターの苗売場に品種名はなくただ「ブルーベリー」と書かれた苗が売られていた。
ブルーベリーという名前は知っていたが、食べたことも見たこともなく、苗が売っているとは
思ってなかったので珍しさにつられて買った。買ったはいいけど栽培の仕方はわからない。
栽培方法を書いた本もなく、今のようにインターネットもなかった時代。
わからないまま鉢植えで育てて、枯れはしないけど大きくならず実もあまり生らずだった。
ブルーベリー専用の栽培用土などもなく「花と野菜の土」で育てていた。
1991年、庭ができたので「地植えなら育つかも?」と地植えにした。
当然ピートモスなども入れずに庭土のまま植えた。その年、夏越し出来ずに枯れてしまった。
再度挑戦しようと苗を売っている店を見つけて買いに行き、
お店の人から「実を生らせるのは2本あった方がいい。」と言われて2本買った。
そしてまた同じように庭土にそのまま2本並べて植えた。
しかしまた2本とも枯れた。
「これは何かがおかしい、本気で研究してみよう。」と思ったのが1993年。

それから試行錯誤を繰り返し買っては枯らし、買っては枯らしの連続。
それでも栽培知識は少しづつ増え、2本でも同じ品種はだめで違う品種がいい。
用土にはピートモスを入れて酸性に保つなどがわかってきた。
収穫もいくらかできるようになり、面白くなって品種を増やし始めた。


 第一の試練
その頃(1997年6月)家族に異変が・・・
調子の悪かった妻が病院に行き、癌と言われた。
かなり進行していて手術も無理、「早かったら三ヶ月もたない。」と言われ、
延命の抗がん剤治療を受けたが、翌年の1998年4月、他界した。
僕が38歳、子供は男の子二人で、長男が小学校4年、次男が2年生になったばかりの時だった。


 人生観に変化
数か月たって少し落ち着いて、庭の草を抜きながら
「しあわせな人生ってなんだろう?」などと考えるようになった。
僕は、1977年 高松工芸高校 建築科を卒業して大学には行かず、そのまま地元の建設会社、
(株)穴吹工務店に入社。一般住宅の設計やデザインや見積、現場監理などの技術的な仕事、
経理業務なども経験した後、マンションの設計、店舗や一般ビルの設計、
マンションのモデルルームの設計デザイン、マンション営業などの仕事をしてきた。
住宅の仕事は、お客様の要望を聞いて設計をするが、お客様の抱いているイメージを
いかにしてその通りの家に仕上げ、設計者としていろんな新しい提案をしていく。
現場監理は設計図に基づいて お客様のイメージ通り家を造っていかなければならない。
家が完成した時、お客様から、「思ったものと違う。」「打合せ通りになっていない。」などと、
怒られる時も多々あったが、「思った以上の良い家が出来ました。ありがとうございます。」
「こんなに立派な家にしていただいて 住むのがもったいないです。」などと、
言われると嬉しかった。
住宅の設計や建築、デザインなどの仕事が好きだったので やりがいも満足感もあった。
ずっとこの仕事を続けるつもりでいたが自問自答すると、今は何か違う。
自分の本当にしたいことではないのではないか、本当にしたいことはもっと他にあるのではないか、
何かひっかかるものができ始めた。
庭に出て草を抜いたりブルーベリーに水をやり世話をしていると何故か心が落ち着き、
元気が湧いてくる。自分のしたいことはこれではないか。
植物や土、ブルーベリーと関わって、自然と向き合う ことではないか。
その時は今すぐではなく、子供も落ち着いて、もっと先、定年後か・・・
でも将来はブルーベリーに関わった仕事をしようと思い始めた。
それから今まで以上にブルーベリーにのめり込んでいった。
ブルーベリーにはどんな土が良いか?どんな肥料が良いか?どうやればうまく育つか?
これとこれとどっちが良いか?と対比栽培をして実験研究を繰り返し、
独自の栽培自論を構築していった。
品種もコレクターのように増やしていった。
2002年1月、自宅の庭を『自然の休憩所』と名付けて、花や木々、ベリー達の栽培知識を
ホームページで公開した。 自分のハンドルネームを「ベリー公」とした。
「公」は公爵などの位の高い「公」ではなく、ワン公、忠犬ハチ公、ポリ公、先公などの「公」で、
ベリー好きなただのおじさん。
前後して、ある女性と再婚したが、うまくいかず、すぐに離婚。離婚は2002年7月。


 第二の試練  人生どん底
離婚後、また二人の子供との三人暮らしが始まった。
以前は両親に一緒に住んでもらって助けてもらった。でも、今回はこれ以上迷惑をかけられない。
みんなから「男手で仕事をしながらでは無理やろ。大変やろ。」と言われたが、
子供もある程度大きくなったので小さい子ほど手は掛からず、料理や掃除などは好きなので
苦にはならなかった。
洗濯干しと取り込み、洗い物などは子供たちに手伝ってもらった。
妻の死、再婚、離婚・・・両親、子供たち、多くの周囲の方に迷惑をかけてしまった。
「もう ダメだ。悪いのは全て自分。最低の男。」と何度も何度も自分を責めた。
「これからどうしよう?どうやって生きて行こうか?」
今すぐにでもブルーベリーに携わった仕事をしたいけど、それで生計が立つか?
子供もいるし・・・


 お告げ  本当の自分探し
くよくよ考えていると、もう一人の自分(ベリー公)が言った。
「今まで培ってきた考え方や価値観を捨て、地位も名誉も世間体も全て捨てなさい。」
「それから、その背中に背負っている荷物を一度、全て降ろしてみなさい。」
「自分の本来の価値観、考え方と正直に向き合い、自分に素直になりなさい。
そして、これからの人生に必要なものだけを背負って歩いて生きなさい。」
・・・・・・・ ベリー公に言われ、考えた。
「人生ってなんだろう、生きるとは、人間はなぜ生まれてきたんだろう?」
「人間らしい生き方とは? 自分の本来の価値観とは?」・・・
結論のでないことを考えるようになった。
あるとき、煮詰まって何が何だかわからないようになり自分自身の中で何かが
火山のように爆発して身震いが起きた。
「全てを清算して、一から出直そう。」
「自然に帰って 地に両足をしっかり付けて 大地を耕してみよう。」
頭で考えたことや 自分が心の中で思ったことではなく自分の心の底から聞こえてきた 魂の叫び。


 やっと見つけた自分の本性
そしてこれからの自分の人生に必要なものだけを背負うと思ったとき、
これからの自分の人生に必要な荷物って、ほとんどないことに気付いた。
ほとんど手ぶら。 「どうして今まで、こんな荷物を背負っていたんだろう?」って。
そうすると、今まで見えなかったものや、見過ごしていたものが見えてくるようになった。
今まで気付かなかったものに気付くようになった。
重い荷物を背中に背負っていた時には、自分は自分で生きている。と思っていたけど、
背中の荷物を降ろすと「自分で生きているのではなく、自分は周りの人や大自然に生かされている。」
ということがわかってきた。
価値観も一変した。
一変したというより、今まで人生の荒波によって植付けられた虚像のような
価値観を捨て本来の自分を取り戻せた。
これからは人に何と言われようと、どう思われようと本来の自分で生きていく。

今までは、給料をもらうために働き、良い家に住み、良い車に乗り、良いものを食べ、
豊かな生活を送ることが目標で、金銭的な裕福な暮らし、それが「幸せ」だと思っていた。
しかし、本当の幸せとはお金で買えないものばかり。今はそれに気づき、土や植物に触れ、
花やベリー達の美しい生命の耀きを知ることができた。
美しい生命の耀きを持った命を育てて、この魅力を伝えたい。
一人でも多くの人を喜ばせて少しでも幸せな気持ちにさせてあげられれば、
こんな嬉しいことはなく、自分も豊かな心になれる。

人間を含めすべての生き物は他の生き物の命(野菜、魚、肉など)をもらって(食べて)生きている。
今まで何でもない当たり前のことと思っていたが、不思議なくらいにとても大切な事だと思えてきた。

どんなに悲しいこと、どんなに苦しいことがあっても明日になればまた新しい陽が昇る。
人類、地球上に何が起ころうとも、ましてこのちっぽけな自分に何が起きても、
たとえ「もう自分には明るい明日などはもうない。」と落ち込んでも、
明日になれば何事もなかったようにまた新しい陽が昇り新しい一日が始まる。
自然の偉大さ、優しさを改めて知った。
しかし自然は時に乱暴でとても恐ろしい。
地震、台風などの自然災害で容赦なく多くの命を一瞬で奪う。
自然の前では人間は無力だ。
だったら逆らわずに自然に任せて生きて行けばいいのだ。と思い始めた。

ありのままの自分で自然に生きていく。
そうするためには捨てなければならないことが多すぎる。
でも、捨ててしまうと、背伸びをしなくてもいいし、繕うこともしなくていい。

ブルーベリーなどのベリーを育ててベリー園を作ろう。



 スイッチが入った
ベリーには美しい生命の耀きがある。
この耀きはどの果物、どの野菜と比べても群を抜いた美しさがある。
宝石の輝きなど比べものにならない。
「命ある生命の耀き」
この美しい耀きに心を奪われ救われた。
一人でも多くの人にベリーの魅力を伝えたい。
ブルーベリーを栽培してただ果実を売るだけでは魅力は伝わらない。
果実出荷や果実卸し、産直ではつまらない。
ベリーの魅力を伝えるためには付加価値を付けなければならない。
ベリーの魅力を知っている栽培者自ら、
「こんな食べ方があります。」「こんな魅力があります。」
と表現するためにはカフェをしなければならない。
カフェでデザートやケーキ、料理に使って実際に食べる最終形にして表現したい。
ブルーベリー=ジャム という一般的な形があるが、
果実を売る。ジャムや加工品を売る。デザートを売る。・・・ではなく、
販売したいのはベリーを育てる楽しみ。収穫する楽しみ。ベリーデザートを作る楽しみ。
食べる楽しみ。 ベリーの魅力を伝え、ベリーのある生活、ライフスタイルを販売したい。


 夢だけでは成り立たない
農家でもなく農業の経験のないものが農業をするのには、新規就農者になるのが良い。
低い金利、条件によっては無利子で融資が受けられ、技術支援などが受けられる。
と多くの人から言われたので、2002年8月、香川県の農業経営課に新規就農者支援相談に行った。
担当者から、「新規就農なんてそんな甘いものでない。そんなに簡単に農業で生計が立てられる
ものではない。ましてブルーベリーなんて香川県で実績がないし、指導者がいないので支援できない。」
とあまり取り上げてくれなかった。
「どうしてブルーベリーなの?香川で農業するならアスパラガスとかイチゴ、ミニトマトにしたら」
とまで言われた。
「僕は農業がしたいのではない。農業なら何でも良いのではなく、ブルーベリーがしたいのです。
ブルーベリーをする一連の業種が農業に分類されるようなので相談に来ているのです。」
負けずにブルーベリーの資料を揃え、他県の情報をかき集めて何度か足を運ぶと、
2003年10月、「会社経営でブルーベリー栽培を始めようとしている会社があるので一度、
話を聞きに行ってみては?」と紹介してくれた。
早速、詫間町にあるその会社に話しを聞きに行った。
その会社はリサイクルの会社でリサイクル事業の一環で休耕田に作物を植えて、
学校給食から出る食物残渣で作った肥料で育てて出来た作物を学校給食に還元する
という新規事業に取り組もうとしていた。
その作物にブルーベリーを選んでいた。
選んだはいいけどブルーベリーの知識は無く育てた人もいないということだった。
僕の話をすると、その会社の社長から「うちに来てブルーベリーの指導をしてくれないか」
と言われた。自分としてはブルーベリーなどのベリーを栽培して、ほったて小屋でもいいから
小さなカフェ風の店を建てて、自分の店でデザートにして提供するようなことをしたかったが、
自分ではデザートやケーキは作れないし、新規就農者にもなれないので半分そんな夢は諦めて、
2004年3月で27年間勤めた会社を退職し、
ブルーベリーに携われるのだったらと2004年4月からその会社に行くことにした。


 うっかりウサギ出現
ちょうどその頃、僕のホームページを見て、メールをくれた女の子がいた。
その子の名は「うっかりウサギ」という。
何度かのメール交換の後、うっかりウサギは「会社のブルーベリー園を見せてほしい。」
と言って来たので会社の園に案内した。
うっかりウサギは小さい頃からお菓子作りが趣味で、お菓子に使うフルーツの中でもベリー類が
特に好きだったようで、大学生の頃からブルーベリーを栽培していた。
大学は大阪で、高松への帰省時、水やりができないので、大きな鉢植えのブルーベリーを
キャリーに乗せて、電車や船に乗り、ブルーベリーと一緒に高松⇔大阪を往復していた兵。
ベリーをいっぱい育てて、ベリーを使ったケーキやお菓子を作って、小さなケーキ屋さんを
するのが夢だという。
年は離れていたが、夢は同じで 価値観、感性が合い、いろんな話をした。
僕は、新しい会社に入ったばかりのサラリーマン農夫だけど、将来は自分のベリー園を持って
カフェをやりたいと思っている。
その時は一緒にやりたいね。などと話してその日は別れた。


 葛藤
新しい会社に入ったばかりで会社のブルーベリー事業を軌道に乗せないとならない。
それまではこの会社にいなければならない義理がある。
しかし、うっかりウサギとなら自分のベリー園をやってカフェができる。
またもう一人の自分(ベリー公)が囁いた。
何を躊躇している。会社に恩義を立てて自分の夢をみすみす見逃してしまうつもりか。
このチャンスを逃せばもう二度とこんなチャンスは現れないだろう。
葛藤があったが、何年か先になってできる保証はない。
今がチャンス。
うっかりウサギが現れたということは、「一緒に始めなさい」ということだ。


 うっかりウサギと夢を形に
うっかりウサギとメールや実際に会って何度か話したが、「不思議な子」だと思った。
この世で生きていないような。。違う別世界で生きているような子だった。
普通の人と視点、観点、感性が違う。思考回路も違う。
どこがどう違うかは、後に彼女が書き始めた「うっかり日記」を読むとわかると思う。
でも、そんな不思議な子と僕も飾らず意識せず素の自分で話をしているのが不思議だった。
まあ自分も変わっているのかもしれない。
お互いの潜在意識の中で既に出会っていたかのように・・・ それくらいに噛み合うのだ。

しかし何で、こんな子が会いに来たのだろう?
自分のホームページにベリー園やカフェ計画などを公表していたわけではないし、
ケーキやデザートを作れる人の募集をしていたわけでもないのに、ピッタリの人が現れた。
初めは話がうますぎるので騙されているのではないか、何か落とし穴があるのではないか?
と思ったくらいだった。しかしどう見ても僕を騙しているとは思えない。
そう考えると反対に妖精か天使のように思えてきた。

この時点ではまだうっかりウサギの作ったお菓子や料理など食べたことも見たこともなかったが
「この子ならできる。この子ならベリーの魅力を伝えられる。」
今まで感じたことのない強いインスピレーションを感じた。
この自分のインスピレーションを信じてみよう。
うっかりウサギの可能性に懸けてみよう。

決心してうっかりウサギに話した。
「ベリー園とカフェ。一緒にやろう。」

ベ:「三年後にカフェを開店しよう。」
う:「えっーそんなに早くに?」
ベ:「三年で出来ないことは何年経ってもできない。」

三カ年計画を立てた。
2005~2006年 植付をするための地拵え~植付
2007年夏 カフェオープン


 忙しくなった
うっかりウサギはブロックや歩道用路板、レンガブロックなどを作っている会社でデザインの
仕事をしていたが2004年の12月 会社を退社して、ケーキカフェと普通のカフェで修行を
するためにバイトを始めた。
修行をするにあたって、「接客とドリンクの作り方などを習ってほしい。
料理やお菓子の作り方などは習わなくて良い。」と言った。
これは料理やお菓子の作り方は人に付くとその人のやり方、基本の組み合わせ、本道など教え込まれ
「そんなやり方、そんな表現方法は邪道だ。料理じゃない」・・・とか言われ
うっかりウサギの自由な発想・感性を阻害されてしまうと感じたから。
邪道でもいいからうっかりウサギの感性を大切にして伸ばしたかった。
しかしこれにはマイナス面もある。
料理やケーキ作りについてどこにも修行に行かず誰にも教わっていないでいきなり店を開店する
ということは、料理やケーキ作りの基本、段取り、手際など全ては自己流になる。
プロのABC・・・は習得できない。
プラス面、マイナス面、両者を噛み合わせてうっかりウサギの感性を伸ばす方を取った。

僕は土地探しをした。
知人がいくつか物件を紹介してくれたが、広すぎたり、価格が高すぎたり、開墾に手間と労力が
かかり過ぎたりで、なかなかいい物件がなかった。 2004年10月、ひょんな事で昔の知人に再会し
土地を探していると話をすると、心当たりがあるらしく持ち主に当たってみてくれた。
すぐに50アールほどの土地が見つかり借地することができた。
僕は2005年1月で詫間町の会社を退社した。
ものは試しと再度、香川県の農業経営課に行った。
なぜか今度はトントン拍子。香川県でブルーベリー栽培の仕事を1年間したという実績ができた。
就農地も決まっている。ということで2月、新規就農者として認定されることになった。


 資金繰りに苦しむ
新規就農者になれば就農資金などが無利子で融資を受けれる制度があるので、
僕はこの事業を始めるにあたり新規就農者支援資金を借りてやろうと思った。
でも、窓口のJAバンクに事業計画や栽培指針を説明し資金貸付けのお願いに行ったが、
「香川県でブルーベリーは実績がないので、貸す自信がない。」という理由で断られた。
「ミニトマトかイチゴを栽培しなさい。そしたら貸してあげます。」とも言われた。
僕は農業なら何でもいいのではなくブルーベリーをしたい。とこちらからも断った。
そして各種銀行などと資金繰りに走った。
いいところまでいったところもあったがどこも同じような結果だった。
最後の神頼み、という気持ちで、農林漁業金融公庫(現 日本政策金融公庫)に行き話をした。
担当者が僕の話しに、可能性を感じたのか、意気込みを買ってくれたのか、わからないが、
力になってくれて融資の話がまとまった。
でも当初の予定設備費を大幅に削減したので融資金額だけでは設備費や準備費に足りないので
当面の生活費においていた資金も自己資金としてつぎ込んだ。
そんなわけで何とか園地植付に着手できた。

3年後のカフェの開店資金のときも資金繰りにはかなり苦労した。
しかし何とか2007年12月 カフェをオープンすることができた。


 うっかりウサギは?
ベリーを栽培してカフェをする夢を抱いていたが、
半分あきらめてサラリーマン農夫になった僕にチャンスを与え、
息を吹きかえらせてくれたうっかりウサギ。
うっかりウサギには感謝している。

しかし、うっかりウサギは両親の説得が大変だった。
この辺の詳細の話しは後にうっかりウサギから発表があるはず・・・

うっかりウサギは小さい頃からお菓子作りに興味を持ち、10歳の頃から実際に作り始めた。
図書館でお菓子作りの本を借りてきてノートにレシピを綴る。
お菓子の他に料理本や外国の暮らしが載った本などにも興味を持って
休みの日は本屋さんや図書館で本を読んでいた。
部屋で勉強する振りをして借りてきた本からノートにレシピを綴っていた。
そのノートを見せてもらったが中学生の頃から綴ったレシピノートは何冊にもなっていた。
中学生や高校生の頃、お小遣いを貯めて買った本を大切に持っていて、
今でもランチのメニューを考えたり、お菓子を作るときに時々見ている。
高校では美術部、大学は大阪芸大なので デザインができ、絵が描ける。
まさに、小学生の頃からこの店をするために準備と勉強をしていたと思えるほどだ。

今、自分の人生を振り返ってみると、
もう少し早くベリーに目覚め、もう少し早くうっかりウサギに出会えていたら・・・
と思うけど、若い自分には人生の積み重ねが無く今のような事業をやれる器も無かっただろうし、
今のような感情をベリーに持つこともなかっただろう。
やはり過去の出来事は自分自身の試練で今の事業をする上で必要な経験だったと思う。
実際に過去の経験で無駄なことは何一つと無く、何らかの形で全て役に立っている。
自分はこの事業をするために生まれてきて、過去の出来事は全てこの事業をするために
通らなければならない通り道だったのだと思える。


 いよいよ開店
ベリーを食べる・育てる・共に暮らす・・・
Berry's Lifeはベリーのあるライフスタイルの店です。
ベリーデザートやケーキ、焼き菓子、苗木や栽培用品を販売していますが
ケーキやデザート、土や鉢、肥料等を販売したいのではありません。
ケーキやデザートはベリーの魅力を伝える一つの表現方法です。
販売したいのはベリーの魅力、ベリーのある生活、ライフスタイルそのものを販売したいのです。
以前、サラリーマン農夫時代に洋菓子店にブルーベリーを納品していたことがありましたので、
一流洋菓子店の有名パティシエに最高級のブルーベリーを持って行き
「このブルーベリーを使って魅力あるケーキを作ってほしい。」とコラボすればいいな。
と思ったときもありました。
有名パティシエが作れば誰をも魅了する 美しく美味しそうで タメ息がでるような
ケーキができると思います。
でもそれはケーキなのです。
パティシエはケーキを作るのが本職ですからケーキの魅力を伝えるための飾りとして、
ケーキを美しく見せるため、美味しく見せるためにベリーを使います。
順番が逆なのです。
それに気がつきました。
我々のようにベリーのことを良く知り、ベリーが大好きで魅力を分かっているパティシエも
いるかもしれませんが、多くのパティシエはケーキの魅力は分かっていますがベリーの魅力は
それほど分かっていません。
分かっていない人に作ってもらってもベリーの魅力を生かし伝えることはできません。
やはり魅力の分かった栽培者自らが行なわなければ伝えることができません。

ベリーの魅力を表現するケーキはタメ息のでるような美しいケーキ、凝ったケーキ、
むつかしいケーキは必要ありません。

ベリーというものはそもそも野山に生えているものです。
子供が野山を駆け巡り遊び疲れてベリーを摘んで口に入れる。
ベリーのふるさと、アメリカや北欧では野山や森で摘んだベリーを使っておばあちゃんや
お母さんがケーキやデザートを作ってくれる。
昔懐かしい素朴な味。そういうものです。
ベリーの魅力は 素朴な味のする生命の美しい耀きをもった小さな果実なのです。

当店はこの魅力を一言で 『摘みたてフレッシュベリーは森の香り』 と表現しています。

この美しくてカワイイ、食べて美味しいベリーを 不思議におしゃれに 演出したいのです。
栽培する楽しみ、収穫する楽しみ、ベリーデザートを作る楽しみ、食べる楽しみ。
家族でワイワイ言いながら楽しみながらできます。

そんなベリーのある生活をしてみませんか?



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剪定・植付・出張指導(有料)なども承ります。
不在繁忙時もありますので事前にご連絡ください。
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担当:畑ヶ中(ハタケナカ)電話:090-7626-7552
写真撮影  DAX
※一部の写真は当社撮影のものです